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公正取引委員会の公表事例にみる経済分析の活用状況

令和3年11月26日に公表されたグローバルウェーハズ・ゲーエムベーハーによるシルトロニック・アーゲーの株式取得に関する審査結果(以下、公表文)において、興味深い経済分析が実施されたことが報告されている。公表文によれば、シリコンウェーハの製造販売業を営む事業者(GWとシルトロニック・アーゲー)による水平型企業結合について、公正取引委員会(以下、公取委)は当事会社グループが競合する各取引分野のうち,競争に与える影響が大きいと考えられた5つの取引分野について重点的な審査を行っている。

本件で使用された経済分析の概要

 地理的範囲の検討材料として、「地理的範囲の候補となる地域に対する商品等の流出量・流入量を定量的に評価する経済分析手法である」エルジンガ・ホガーティ・テストが使用され(公表文第4の2(2))、単独行動による競争の実質的制限の検討材料として、「シリコンウェーハメーカー間で製品差別化の程度が乏しいことなどから同質財クールノー競争(数量競争)を前提としたモデルを重視するのが適切と判断し」、経済分析に必要な市場シェア等のデータを使用して、「クールノー競争を前提としたCMCR」(「クールノーCMCR」)が使用されている(公表文第6の1(5))。クールノーCMCRは「現時点の価格を維持するためには何%の限界費用の削減が理論上必要となるかを評価する指標」であり、「5%を超えると競争制限の可能性が生じ」,「10%を超えると競争上の実質的な懸念が生じることが示唆される」。計算結果に基づき、(5つのうち)3つの商品については競争上の問題が生じる可能性があると評価できるとする。

本件で使用された経済分析の検討

 地理的範囲の検討材料として使用された手法と単独行動による競争の実質的制限の検討材料として使用された手法には相互依存の関係がないと思われることから、はじめにクールノーCMCRについて述べ、次にエルジンガ・ホガーティ・テストについて述べる。

1. クールノーCMCR

(1) 競争制限に至る過程の検討

 本件企業行動がどのような過程を経て一定の取引分野における競争状況に影響すると考えられるか、その過程においてどのような変化が当事会社グループ及び競合他社の製造販売活動に起こり得ると考えられるか、などについて説明がないこともあり、「製品差別化の程度が乏しいことなど」を除けば、クールノーCMCRが使用された背景は不明であるが、クールノーCMCRを使用した事実から、少なくとも、企業結合後に起こり得る弊害を牽制する要素として、企業結合後、当事会社グループの生産技術(調達/製造/営業/物流/販売等)に起こり得る変化に着目したことが予想される。そうでなければ、現時点の価格を維持するために必要な限界費用の削減の程度を検討する根拠が乏しいだろう。

 当事会社グループから限界費用の削減について主張があった等の記載がなく、当事会社グループからそのような主張があったのか不明である。本件は、そういった主張がない場合であっても、審査において限界費用の削減が示唆される事実が判明した場合には、公取委が検討する可能性があることを示唆する。ただし、どういった事実が(効率性の改善にならずとも)限界費用の削減として検討の対象とされ得るのか、他の審査項目にも参考となるものは見当たらない。

(2) 計算結果の検討

 計算結果の解釈については、製品差別化ベルトラン競争を前提としたGUPPIが4.6%や4.8%であった場合に「比較的高い値であったことから,本件株式取得後の当事会社グループの価格引上げのインセンティブが一定程度あることが示唆された」事例がある(令和2年度における主要な企業結合事例の「事例2 昭和産業㈱によるサンエイ糖化㈱の株式取得」)。同規模の数値であっても限界費用の削減については懸念とならないようである。

(3) 需要者の範囲と閾値の検討

 同質財クールノー競争では、生産量が決定変数であり、各事業者の生産量を基に市場価格が得られる。クールノーCMCRが実現しなかった場合にCMCR±α程度の価格上昇が起こり得るが、同質財クールノー競争では、製品差別化ベルトラン競争と異なり、競合他社の価格も同程度引き上げられる。

 一定の取引分野における需要者であるものの当事会社グループと取引のない需要者についても詳細な審査が行われたのか、また、効率性の向上の場合には検討される需要者への還元について検討されたのか不明だが、企業結合による弊害に直面する需要者が自身で証拠を集め被害回復を求めることが事実上困難と考えられることも踏まえると、クールノーCMCRの下での閾値はGUPPIより低いほうが独禁法の目的にかなうのかもしれない。

2. エルジンガ・ホガーティ・テスト

 地理的範囲の画定について、記載内容からすれば、取引実態から世界市場とすることが望ましいものの、経済分析をしてみると「日本国内市場で画定するべき」であった、ということがあり得そうである。エルジンガ・ホガーティ・テストに使用する計算式が記載されておらず、どのような計算式の下で「閾値として10%」を設定し、「日本国内市場について実施したところ,流出量・流入量に係る指標がいずれも閾値を下回った商品はなかった」との結論に至ったのか、推測は困難と思われる。閾値を15%~25%とすれば地理的範囲は日本国内市場となったのだろうか。

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regulation, antitrust and competition, japan